「怒らせるかな」を突き詰めると何も話せない

「あーこの話は人によっては怒らせるかもな」っていう感覚自体は良いと思うけど、これは突き詰めるとなにを話しても何かしらの「怒らせるかもしれない」リスクがあって、結局何も話せないにつきてしまうという話。だからこそ、「ここで不機嫌になるんだったら知らねえよ」っていうリターンとリスクの割り切りラインを持っておくと少しだけ考えやすくなる。カードゲームっぽいね。多少怒らせたとしても、コミュニケーションを取ったという事実こそが重要だったりする。そういうことを最近は意識しながら生きているよ、ってことが小難しく書いてある。

はじめに

去年の暮れくらいからこういう考えを少しずつ持つようにしている。

はじめに書いておくが、「これを話すと怒らせるかも」という感覚自体はとても良いことだと思っている。僕はこの感覚を持てる人間が大好きで、相手の気持ちを考えようとしている人間なんだな、という認識をする。本当に素晴らしい感性だと思う。 自分もこういう感性で長く生きていたのだが、この感性を突き詰めると結局何も話せないなっていう壁にぶち当たったことがある。それに対して自分がどう考えを変えたかを書いておこうかなと思った。

そもそもなんでこんなことを考えるのか

そう、なぜそんな壁にぶつかってしまったのかという話だ。なんなら人によってはここでぶつからないとも思う。

これを意識する前の僕は基本的に「相手を不機嫌にさせないために〇〇は言わないようにしよう」という思考をベースに物事を話していた。まぁ誰かとの縁を切らないようにするという意味では悪くはない選択肢だとは思う。「嫌われない」を徹底して、「これは話してもよさそうだな」が向こうの言葉の端々からようやく見えてきたら1番安全な橋を渡るなんてやりかただ。石橋を叩きまくって絶対に壊れないようにしてから渡るやりかたで、かなりロングゲームのやりかたをしていた。対戦ゲームでいえば、遠距離攻撃でチクチクやってるのと同じだ。

このプレイングをそれこそ人生単位でず~~~~~~~~~~~~~~~~~っとやっていたのだが、どうも最近弊害を感じてきていた。というのも、誰かと知り合って仲良くなるまでの時間コストが異常に長いのだ。ここ1年くらいで「人間関係をもう少し豊かにしたいな」と考え始めていたのだが、どうもこれだとアクションが起きるまでが長すぎて達成が遠すぎるという課題を感じてきたことがきっかけとなる。大学の友人に卒業間際に「お前は仲良くなるまでが異常に長い」と言われたのは今でも覚えている。

なので、この記事を読んでおもろいと感じる人は、自分と同じような考え方をしている人が主かもしれない。

ローリスク・ローリターンの話題の強さと弱さ

さきに出た「遠距離攻撃でチクチク」というやりかただが、要はこれはローリスク・ローリターンの動きとなる。この動き自体をやめる必要はない。なぜなら誰かと話すときのきっかけを掴むときはここから始めないとしょうがないからだ。対人において初手に行動するなら裏目が少ない選択肢 を選んだほうが基本的には有効なことが多い。最初から嫌われてしまって対面拒否されたらそもそものやりようがないからだ。このあたりの感覚は特に対人ゲームをやってる人間なら納得がいくんじゃないだろうかと思っている。相手の情報もバレてないしクセもわからない状態でリスク大の技って撃ちづらいよね、みたいな話だ。1

なので、最初はローリスク・ローリターンの話でいいのだ。そこは変わらない。だからこそ、最初はまず誰にでも話が伝わる天気の話から始めたりするのだ。お互いが人間として生きている以上、天気の話はまず伝わる。そこで相手が怒り出すということはまずない。俗にいう「天気デッキ」だ。「天気デッキ」はあまりに定番で揶揄されることもあるが、逆にこれは取っ掛かりが見つからない時でも絶対使える初動安定の選択肢でもある。そしてその認識は大抵向こうある程度持っていることが多いはずなので、コミュニケーションをする気がある相手ならなにかしら付き合ってくれるはずだ。これは決して逃げの選択肢ではないのだ。

しかし、これが強さでもあり弱さでもあるのが事実だ。「天気デッキ」だけでは話が展開しない。そもそも今回の大前提として、会話をすることで達成したい勝利条件は「相手と仲良くなること」だ。「ただやりすごしたい」だけなら別にどうでもいい話を続けるだけでいいと思うが、相手と仲良くなるには相手を知ることに他ならない。だからこそ、相手のパーソナリティに触れる必要がある。しかし、「天気デッキ」だけでは絶対に相手のことはわからないのだ。

誰にでも使える汎用性があるからこそ強いが、誰にでも使えるからこそ相手を知る「リターン」が返ってきづらいというのが、ローリスク・ローリターンの話題の特徴である。だからこそ、次へ繋げるための布石として使わなければいけない。当たり前といえば当たり前だが、そこを意識するかしないかでは雲泥の差がある。ローリスク・ローリターンの会話は相手と自分の関係値を暖かくするための火起こしでしかない。これを続けるだけでは勝利条件は達成できない。

「怒らせない」の裏目ループを抜け出すタイミング

「好感度を下げない会話」と「好感度を上げに行く会話」は近いようで違う。負けない戦い方と勝つための戦い方は違うみたいな話と同じだ。

「好感度を下げない会話」はそれこそ前述したローリスク・ローリターンの会話を続けることとほぼ等しい。死ぬほど石橋を叩いて、壊れないことを確認してロングゲームで詰めていく行為だ。会話の機会さえなくなることさえなければ、このやりかたはじわじわと関係値が上がっていくはずだ。それは単純接触効果もあるだろうし、お互いに敵対心がないとわかれば自分か相手のどちらかが少しずつ無意識にでもにじり寄ることが多いからだ。それこそ、相手を「怒らせない」やりかただ。しかし、「怒らせない」は「仲良くなる」とは直接繋がりづらい。というのと、このやりかたには落とし穴がある。

「怒らせないようにする」を突き詰めると、「この話題は嫌いな人もいるよな」がループして、最終的に「天気デッキ」でしか戦えなくなる。本来は「仲良くなる」という目的があったはずなのに、気遣いのフィルターを通しすぎるて当たり障りのない返ししかできないなんて結果になる。こうなると、結局誰にでも伝わる当たり障りのないことしか聞けなくなる、なんて構図がある。要は、本来話したい「この話題」をすることで嫌われる裏目のケアをしすぎると、なにもできないという話だ。裏目のケアをしすぎると、臆病になってしまいそもそもアクションがとれなくなる。こういう「裏目のケアループ」はtokeiという人間は何度もしてきた。このやり方では一生「天気デッキ」でしか話せなくなる。本当はパワー10くらいある強い話題カードがあるのに、裏目のケアをしすぎてパワー1のカードを出してるようじゃいつまでも勝利することができない。2 3

なので、どこかでこのループを打ち切る必要がある。

先に書いておくが、このリスクの裏目をケアすることは決して悪いことではない。しかし、これをしすぎては何もできないという話だ。ある程度裏目をケアすることは正しい行為でもあり、リスクを踏むことでどういうデメリットがあるかは正当に考慮するべきである。しかし、逆にそれをしすぎると1番弱い動きしかできずに、勝利することができないという話だ。負けない戦い方と勝つための戦い方は違うという認識を持つ必要がある。

ならば、どこで裏目ケアのループを打ち切るのか。 その答えはなんとない。ないのだ。そんなものがきちんと解答としてあるのだとするならば俺が1番知りたい。教えてくれ。俺たちは後、何回裏目をケアすればいい?

そんな結論になって文章を終えるのはあまりにも投げやりなので、自分が持つマインドだけは書いておく。

結局、この「裏目のケア」ってやつは自分の自信の持ちようでしかなく経験値でしかカバーできないし、「この状態だったらここまでは踏み込んでもいいらしいな?」っていう勘所をつけていくしかない。なので、「ループをしすぎない」という意識を日々持っておいて「今日はここで止めてみよう」と試してみるしかないのだと思っている。「いつもはパワー10の裏目をケアして1を出してたんだけど、今日は2にしてみよう。どこまで通るかな?」なんて経験値だ。

そんな経験値を積んでくると自ずと「逆にこれで不機嫌になるならこっちは考慮することはできないよ」なんて打ち止めのラインが来るはずだ。なぜならば、「怒るかどうか」は結局相手の人生というブラックボックスの出力値でしかないので、こちらがコントロールすることができないからだ。コントロールができないことに対してはもう受け入れるしかない。災害と同じだ。

会話が上手くいくかどうかなんて自分と相手で決まることであって、自分一人で全ての結果を制御することは不可能である。だからこそ、「この話題でなにか地雷を踏むことがあったとしたら、それは見えてない変数だから知らない」と割り切る線が少しずつ掴めてくるはずだ。そこで仮に踏んでしまったのなら「なんかこういうパターンがあるらしい」と今後の経験値を積むでもいいし、「これは災害にあっただけで自分だけでケアはできなかった」と割り切る態度をとってもよい。こういう経験の上で成り立った感覚をもとに、自分で納得した上で本来聞きたかったパワー高め話題を出すことができたのなら「好感度を上げにいく会話」ができたと言ってもいいだろう。その「高め」が結果としてパワー2だろうと3だろうと10だろうと、今までよりも仲良くなれたのならば目的は達成できたと言える。

今回の記事では会話・話題を題材に捉えたが、これを「食事に誘う」などのアクションに当てはめてもいいだろう。例えば自分からこれまでなにもアクションをせずに待ちの姿勢だったのに「誰かを食事に誘う」なんてことができたらそれはもうすごい躍進だ。

余談だが、人種4によっては「パワー10」を初手からぶっ放してきて、そこを通せる人間だけをフィルターすることで仲の良い友人を作るというプレイングを好むこともある。自分が相手に合わせるのではなく、自分に合う相手を選べばいいのだ。しかし、このプレイングは「出会う人間の試行回数が多い」「ある程度リスクを踏んでもなんも気にせずに生きていける」という条件が揃ってるからできることである。なので、基本的にはここまでの文章に共感ができる人種はこれを真似することができない。なぜなら、それが嫌だからこそローリスク・ローリターンの技しか撃たないなんてループに陥っているのだから。

Tips

書きたかった本題はここまでで大体終えたが、これに付随する自分なりのTipsもあるのでせっかくだから書いておく。

こっちが遠慮をすると相手も遠慮する

大抵の場合、なにか聞きたいことがあるのだったら自分からカードを切らないと大抵相手もカードを切ってくれない。仮にこちらがなにもせずとも相手が切ってくれるとしたら向こうが仲良くしたいと思ってくれる意思があるときだ。例えば、なにかその人の過去にについて聞きたいのだったら自分からまず自分の過去について話す必要がある。

逆を言えば、こっちが遠慮すると相手もそれ相応に遠慮するということだ。こちらが仲良くしようとしなければ基本的には相手もいつだって仲良くしようとしてくれない。遠慮しつづけると相手も遠慮しつづけるのだ。だからこそ、なにか壊したい壁があるのだとしたら、まず自分からアクションをとってカードを切ってみるということを起点とすると話しが運びやすい。あとは、これを実行するために「裏目のケアライン」をどこまでするかの勘所を合わせればなにかしらは行動ができるだろう。

「そうやって遠慮されると、こっちも遠慮しちゃって距離を作っちゃうじゃないか」5

多少怒らせたとしても良い

ここまで「怒らせない」なんて視点を前提に書いてきたが、実はなんと多少くらいなら怒らせてしまってもいい。もちろん、相手を不機嫌にさせないのならそれに越したことはないのだが、それ以上にそもそも「コミュニケーションを取ること」自体が大事なのだ。

臆病になってなにもしないより、アクションを起こして何かしらの結果が出たほうが何百倍も良い。他人と価値観が多少ぶつかることくらいはなんてことないのかもな、なんて思えるようになればかなり人生が動きやすくなるだろう。もちろん、「多少」ってのがポイントであって、一発レッドカードは絶対に避けなければいけないのは事実だ。多少だったら相手も自然と忘れるラインだろうから、それくらいはたまに越えることがあってもいいだろう、くらいの心持ちが大事だという話だ。

ちなみにこんだけ書いといて僕はこの精神はそこまで身についてない。今少しずつ練習しているところだったりする。

「でもね、多少怒らせたとしても、コミュニケーションを取ることこそが重要なのさ」6

相手の好感度を測るスカウター

相手の好感度が見えたら「これは裏目踏むかもな」なんてことを考えなくてよくなる。なんて素敵アイテムなんだ。ぜひとも買わせてほしい。

まぁそんなものはないのだが、近い能力は少しだけ手に入れることができる。自分が「誰かと仲良くしようとするムーブ」をする経験値を積むことで「あれこれもしかして相手なりにこっちと仲良くしようとしてくれているな?」と気づいたりすることもある。ふと「あ、俺それ昔やったことあるわ」みたいなことを相手からされたときに「これをするっていうことは、多分いまそれなりに関係値高めだよな」みたいなことを察知する能力が多少ついたりする。

自分がこれまでにやってきた「仲良くするためにやってみた行動」を相手がやってきたら「つまりこれってあれだよな、あの時の自分の『仲良くしたい』って気持ちと近似しているわけだよな?」なんて察知ができるようになるということだ。自分が通ってきた道なら少しは理解度があるわけで。

なので、自分からアクションを起こせば起こすほど、同じことをされたときに好感度を察知する勘所もついてきて、今までより「裏目踏むかも」のラインが見やすくなって割り切りを強く引くことができるということだ。ドラゴンボールに出てくるスカウターほど便利ではないが、人生をするにあたってはそこそこ便利に生きれるアイテムだったりする。自分の経験値ほどアテになるものもないってね。

こんなことはいつも考えなくていい

最後に真っ向から否定すること書いてしまった。

別にこんな小難しいことはいつもやらなくたっていい。こんなん毎回やってたらMPの消費があまりにも激しい。もしも誰かと少し仲良くなりたいな、と元気があるときに少し実践できればいい。

つまるところ何が言いたいかというと、別にこんだけ色々書いたけどtokeiという人間はいつもこんなことをやってるわけではないし、何も考えてないときには基本的にはこれまでの人生でクセづいてきた「好感度を下げない戦い方」をしてることが多いので、必要なときだけやればいいということだ。優れた哲学者が優れた隣人であると限らないように、知識として持っているものと実践できるかどうかは別なのだ。必要なときに少しずつ練習していけばいい。俺だって出来ないから困っている。


  1. 相手の手持ちが見えてない状態の眼鏡サザンドラで初手流星群は選びづらいから悪の波動を撃つとか、ガノンのBはいきなり撃てないとか、好きなゲームで捉えてもらって良い。
  2. 本当は攻撃力3000のブルーアイズを出して詰めたいけど、ミラフォで破壊されるのが嫌だからっていつまでも攻撃力1900のブラッド・ヴォルスで戦い続けてるほうがむしろ勝ちから遠ざかってる可能性があるということ。
  3. 語気を強くしていいなら「天気デッキは初動安定なだけで中盤以降は絶対に勝てないからマナカーブ考えてもっと強いカードちゃんと刺せ」って書く。
  4. ここの人種は言葉どおりではなく、そういうタイプもいるという話。
  5. 好きなゲームで出てきた言葉
  6. 好きなゲームで出てきた言葉2